Kiri's diary

きりねこNote

数学関連のことについてよく書きます

「2人の生産者の一方が, 2つの財に対して比較優位を持てない」こと

目次

 普段数学書を読むことが多いのですが, 数学書というのは大抵, 定理や法則に証明がついています. しかし経済学の入門書を読むと, 法則に対して数学的な証明が書かれているということはほぼありません. 「なんで証明ないんじゃい」とイライラするので書いておきます.

証明

 証明
 生産者 A さんは単位時間あたりに財 X を量 x_{a} , 財 Y を量 y_{a} だけ生産可能であり,
生産者 B さんは単位時間あたりに財 X を量 x_{b} , 財 Y を量 y_{b} だけ生産可能であるとする.
 ただし, 財の生産量 x_{a}\sim y_{b} は正の実数かつ,  x_{a}=x_{a}  y_{a}=y_{b} は同時には成立しないとする.
 財 X,Y の単位量あたりの機会費用は下表の通り.

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 いま, 仮に A さんが財 X,Y の両方に対して比較優位であるとすると,
\begin{align}
\begin{cases}
\dfrac{y_{a}}{x_{a}} < \dfrac{y_{b}}{x_{b}} &(1) \\
\dfrac{x_{a}}{y_{a}} < \dfrac{x_{b}}{y_{b}} &(2)
\end{cases}
\nonumber
\end{align}
の2式が同時に成立することになる. 式(1)の逆数をとると \dfrac{x_{a}}{y_{a}} \lt \dfrac{x_{b}}{y_{b}} , これを式(2)に代入すると
\begin{align}
\frac{x_{b}}{y_{b}} > \frac{x_{a}}{y_{a}} > \frac{x_{b}}{y_{b}} \nonumber
\end{align}
となる. これはありえない. 故に A さんは財 X,Y に対して, 両方に同時に比較優位ではありえない. 同様の手順で B さんに対してもこれが言える.
証明終

 

説明

 証明を書きましたが, 一応比較優位(およびその周辺の概念)についても解説をしておきたいと思います.

 複数の財を生産する複数の生産者がいる場合を考えましょう. それぞれの生産者がある期間内で出せる生産量にはバラつきがあるのが普通です. さて, 複数の生産者の中で, 誰が財をより低い費用で生産できるでしょうか. 経済学はこういうことを気にするわけです.

 この問いには2つの方向から回答ができます. 1つ目はある財を生産するのに, 各生産者が必要とする投入を比較する方法です. 投入というのは, 例えば原材料であるとか労働時間のような生産のために必要なもののことです. 当然, 同じものを同じ量だけ作るのに, より少ない投入量で済む生産者の方が生産性は高いです. 私たちは, この「ある財を生産するのに, より少ない投入量しか必要としない」生産者について, その財の生産に関して「絶対優位を持っている」と言っています.

 もう1つは機会費用の概念を利用した回答です. 機会費用という言葉は知っている人も多いでしょう. ある行動を選択したために, 選択するのを諦め放棄してしまったもののことです. 大学の授業でよく言われる例としては,

「君は高校を卒業し, 大学へ進学することを選び, 大学生として生活している. しかし, 進学せずに就職するという選択も可能だった. もし就職したら年収200万円を得ていたかもしれない. その200万円が君の大学1年間の機会費用だ. 」

というのがありますね. 機会費用まで考えて利潤を計算するのは, 経済学ではよくあることです. (細かいようですが, 経済学では「利益」と「利潤」は違う意味です. )

 この機会費用を利用して得られる概念が比較優位です. ある生産者, あるいは国などが比較優位を持つというのは, その財を生産することの機会費用を他の財で測った数値が, 他の生産者あるいは国よりも低い, ということです. 言葉だとよく分かりませんので, 例を出して考えましょう.

 今,  A 国と B 国があるとします.  A 国よりも B 国の方が, 科学技術力が上であり, 高い生産力を持っているとしましょう. この両国のじゃがいもとコンピュータの生産について考えていきます.  A 国は, じゃがいもの生産に集中した場合1年間で500tのじゃがいもを生産でき, コンピュータの生産に集中した場合1年間で30万台生産できるとします. 一方 B 国はじゃがいもに集中すれば1000t, コンピュータに集中すれば100万台を同じく1年間で生産できるとします. 状況を表にまとめると次のようになります.

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 ただし状況を簡単にするために, 両国がじゃがいもとコンピュータを生産するのに必要な投入の量は同じだとします. すなわち, じゃがいも1個, またはコンピュータ1台をどちらの国が生産しても同じだけの時間や原材料や労働力が必要になるということです. いまは, 生産に必要な時間を基準に考えていきます.

 さて, じゃがいも1tを生産することの機会費用はどれくらいでしょうか. これはすなわち, じゃがいも1tを生産するのに使った時間で, コンピュータはどれだけ生産できるか, ということです.  A 国は, 1年間でじゃがいもが500t, コンピュータが30万台生産できるわけですから, 両方の生産量を 500 で割ります. するとコンピュータは \dfrac{30}{500} = \dfrac{3}{50} 万台となります. これが A 国がじゃがいも1tを生産することの機会費用です. 一方,  B 国は, 1年間でじゃがいもが1000t, コンピュータが100万台生産できるわけですから, 両方の生産量を 1000 で割ります. すると, コンピュータは \dfrac{1}{10} 万台となります. これが B 国がじゃがいも1tを生産することの機会費用です. 同様の手法で, コンピュータ1万台を生産することの機会費用を求め, 表にまとめたものが次です.

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 この結果から, 次のようなことが言えます.  A 国はじゃがいもを1t生産するために, コンピュータの生産を \dfrac{3}{50} 万台放棄する. 一方,  B 国はじゃがいも1tを生産するために, コンピュータの生産を \dfrac{1}{10} 万台放棄する.  \dfrac{3}{50}  \dfrac{1}{10} では,  \dfrac{3}{50} の方が少ないですね. すなわち, じゃがいも1tを生産するときに手放すコンピュータの生産は A 国のほうが少ないということです. この場合, じゃがいもの生産に関して A 国は比較優位を持つ, といいます.

 同様にしてコンピュータの生産に関する比較優位を考えましょう.  A 国はコンピュータ1万台を生産するために, じゃがいもの生産を \dfrac{50}{3} t放棄する. 一方,  B 国はコンピュータ1万台を生産するために, じゃがいもの生産を 10 t放棄する.  \dfrac{50}{3}  10 だったら,  10 の方が少ないですね. よってコンピュータの生産に関して B 国は比較優位を持っていると言えます. 比較優位の概念が分かっていただけましたか?

 もし A 国と B 国がじゃがいもとコンピュータを貿易するなら, それぞれの国が比較優位をもつ財の生産に特化して貿易したほうが, 全体的な生産量が増えることが分かります. 経済全体のパイを広げる、なんて言い方をよくしますね. しかし, この比較優位というのは, 19世紀初頭にデヴィッド・リカードにより導入された, 貿易理論の初歩の初歩に当たる概念で, これだけで貿易を分析するというのは無理です. 詳しくは国際経済学の本を (貿易編と金融編に分かれている場合は, 貿易編を)読んでください. 僕もいま頑張ってクルーグマンの『国際経済学 理論と政策』を読んでいるところです. がんばりましょう.