目次
正則性
正則について話します. 複素関数が複素微分可能である条件(CR関係式)は, 実微分可能の条件よりも強いものでした. 正則は, そのCR関係式よりもさらに強い条件を要請します. さらに, あらゆる点で正則な関数をトクベツに正則関数と呼んでいます. この条件をクリアする関数はとても優秀な[我々にとって都合のいい]性質を示します. 優等生のような関数です. 正則と正則関数の定義は次です.
複素平面上の領域で定義された複素関数が, 点のある近傍で微分可能なとき, は点で正則であるという.
正則関数
複素平面上の領域で定義された複素関数が, 上の全ての複素数について複素微分可能であるとき, は上で正則であるという. また, このときを上の正則関数という.
この「複素平面上の領域で定義された複素関数が~」という表現はテキストなどにもよく出てきます. ここでいう領域とは, 実関数でいう定義域のことです. 実数と違い複素数は複素平面上で幾何的に捉えることができるので, 「領域」ということばを使っているわけです. 同様に複素平面上の「点」とは複素数のことです. 厳密さに敏感なあなたは, 「領域」ということばの定義が気になっているかもしれませんね. 解析学において「領域」とは普通, 「空集合ではない連結開集合」のことです. 空集合については, 説明は大丈夫でしょう. 「連結」という概念を説明するには位相空間論について話さなければいけないのですが, それをすると長くなるので今は「連結」に近い「弧状連結」の定義でガマンしてください.
空間内の空でない部分集合について, 内の任意の2点が, 内を通る連続な曲線で結べるとき, は弧状連結であるという.
本来は「連結」と「弧状連結」の定義は異なります. 弧状連結のほうが強い条件を要請する性質です. しかし複素解析論のテキストによっては「弧状連結な開集合を領域という. 」と書いてあります.
そして開集合を説明します.
ある平面上の部分集合が開集合であるとは, に任意の点に関して, 点を中心とする半径の開円板がとれることをいう.
まぁつまり, 直感的には, 「領域の周りのふち[=境界]がに含まれない集合」ということです.
複素微分可能と正則の定義は, ほとんど一緒だが僅かに異なることがわかりますか?複素微分可能, すなわちCR関係式を満たすことは, 複素平面上のある1点のみでも定義できました. 複素関数は点でのみ複素微分可能である, というのは数学的に誤っていません.
しかし, 点でのみ複素微分可能な複素関数は, 点で正則である, というのは誤りです. 1点のみで複素微分可能な場合には, その点で正則とはいえません. 点のある近傍でも複素微分可能であるとき, 点で正則であると言えるのです. 当然, これはCR関係式を満たすことよりも強い条件です.
という風に, 複素微分可能と正則の違いを語ったわけですが, ある1点でのみ複素微分可能な複素関数というのはまぁ, 複素解析を勉強するときにはほとんど考えません. 複素解析のメインの目的の1つは正則関数の性質を理解することなので, 実質的にはCR関係式を満たすこと, あるいは前回いったようにをで表したときにが含まれないことが満たされていれば, それはもう正則だといっていいでしょう. ただ, 複素微分可能と正則の定義は違うのだということは覚えておいてくださいね.
実関数の微分と同じような次の性質が正則関数にも認められます.
複素関数がどちらも領域上で正則であるとき, 次が成立する.
\begin{align}
\{f(z)\pm g(z)\}' &= f'(z)\pm g'(z) \tag{1} \\
\{f(z) g(z)\}' &=f'(z) g(z)+f(z) g'(z) \tag{2} \\
\left\{\frac{f(z)}{g(z)}\right\} &= \frac{f'(z) g(z)-f(z) g'(z)}{\{g(z)\}^2} \tag{3} \\
\{g(f(z))\}' &= g'(f(z))f(z) \tag{4}
\end{align}
ただし, それぞれの左辺の関数が領域上で定義できる必要がある.
また, おなじみの関数たちも複素平面全体で正則関数です. おなじみの関数というのは, やのことです.
正則関数のもつ性質
正則関数はとても優等生な関数で, 多くの性質を持っています. ここでは代表的なものを2つ挙げます.
(1) 正則関数は解析性を持つ
(2) 正則関数は等角性を持つ
(1)を話します.
これは非常に重要な性質です. この性質から派生して, いくつかの重要な定理を語ることができます.
まず「解析性」の定義を述べておきます.
そして, 正則関数ならば解析関数です. この逆命題も成立します. すなわち, 領域上の正則関数は, 領域の各点で収束ベキ級数に展開できます. ベキ級数を定義しましょう.
を複素定数, を複素数の変数とし, 次の形の級数,
\begin{align}
\sum_{n = 0}^{\infty}a_{n}(z-c)^{n}= a_{1}(z-c)+a_{2}(z-c)^{2}+\cdots \nonumber
\end{align}
をを中心とするベキ級数という.
収束ベキ級数とは, 収束するベキ級数のことです.
関数は当然複素数全体で正則な関数ですから, その累乗の和
\begin{align}
z+z^{2}+z^{3}+\cdots \nonumber
\end{align}
も関数としては正則になります. は定数なので, ベキ級数
\begin{align}
\sum_{n = 0}^{\infty}a_{n}(z-c)^{n} \nonumber
\end{align}
が正則であるのは容易にわかります. 一方, 正則関数が解析的であることの証明には複素積分の知識を必要とするので, ここから先は第5章にまわしたいと思います.
元来, 正則関数は領域上の複素微分可能性から定義される概念であり, 一方の解析関数は領域上の収束ベキ級数展開から定義される概念であるので, 両者は違う概念なのですが, 結果的に「が正則関数」というのと「解析関数」というのは同じ意味になっているのです.
(2)を話します.
「等角性を持つ」は「等角写像である」とも言います. 等角写像について説明しましょう. 平面上の2曲線が, 平面から平面への写像により, 平面上の2曲線にそれぞれ写されるとします. さらに, 2曲線の交点がにより2曲線の交点に写されるとします. すなわちということです. このとき, 2曲線の点でのなす角と2曲線点でのなす角が等しいとき, は点で等角写像であるといいます. そして, 正則関数の持つ等角性とは, 厳密にいうと次のようなものです.
さて, まずは「2曲線の点でのなす角」を説明しましょう.点は2曲線の交点です.
2曲線の点でのなす角とは, 曲線の点での接線と曲線の点での接線のなす角のことです.
平面上に, パラメータを用いて2曲線
\begin{align}
C_{1}&:Z_{1}(t) \nonumber \\
C_{2}&:Z_{2}(t) \nonumber
\end{align}
が定義されているとします. 当然, は点で交わります. すなわち, です. いま, 曲線上の点と, 曲線上の点とをそれぞれ結んだ直線を考えます. この2直線をそれぞれとします.
はすべて複素数なので, この2直線のなす角は,
\begin{align}
\arg\frac{ Z_{1}(t_{1})-Z_{1}(z_{0})}{Z_{2}(t_{2})-Z_{2}(z_{0})} \nonumber
\end{align}
です. さて, をにおけるの接線にするために, をそれぞれに近づけた極限を考えましょう. 当然, 微分の定義より,
\begin{align}
\lim_{t_{1}\to z_{0}}\frac{Z_{1}(t_{1})-Z_{1}(z_{0})}{t_{1}-z_{0}} &= Z_{1}^{'}(z_{0}) \nonumber \\
\lim_{t_{2}\to z_{0}}\frac{Z_{2}(t_{2})-Z_{2}(z_{0})}{t_{2}-z_{0}} &= Z_{2}^{'}(z_{0}) \nonumber
\end{align}
となります. よって, 直線がにおけるの接線である場合には, 2直線のなす角は,
\begin{align}
\arg \frac{Z_{1}^{'}(z_{0})}{Z_{2}^{'}(z_{0})} = \arg\left(Z_{1}^{'}(z_{0})\right)-\arg\left(Z_{2}^{'}(z_{0})\right) \tag{1}
\end{align}
これが, 2曲線の点でのなす角です.
そして等角写像の証明をしましょう. 平面から平面への写像により, 平面上の曲線がそれぞれ平面上の曲線
\begin{align}
\Gamma_{1}:W_{1}(t) &= f\left(Z_{1}(t)\right) \nonumber \\
\Gamma_{2}:W_{2}(t) &= f\left(Z_{2}(t)\right) \nonumber
\end{align}
に写るとします.また, ,,が成立しているとします. は正則関数ですから,微分可能です. このとき, 平面上の2曲線の点でのなす角(式(1))は, のなす角と同様,
\begin{align}
\arg \frac{W_{1}^{'}(w_{0})}{W_{2}^{'}(w_{0})} = \arg\left(W_{1}^{'}(w_{0})\right)-\arg\left(W_{2}^{'}(w_{0})\right) \tag{2}
\end{align}
となります. ここで, 曲線は, 合成関数の微分法則より
\begin{align}
W_{1}^{'}(w_{0}) &= \{f\left(Z_{1}(z_{0})\right)\}' \nonumber \\
&= f'\left(Z_{1}(z_{0})\right)Z_{1}^{'}(z_{0}) \nonumber \\
W_{2}^{'}(w_{0}) &= \{f\left(Z_{2}(z_{0})\right)\}' \nonumber \\
&= f'\left(Z_{2}(z_{0})\right)Z_{2}^{'}(z_{0}) \nonumber
\end{align}
これらを式(2)の左辺に代入すると,
\begin{align}
\arg \frac{W_{1}^{'}(w_{0})}{W_{2}^{'}(w_{0})} &= \arg \frac{ f'\left(Z_{1}(z_{0})\right)Z_{1}^{'}(z_{0}) }{f'\left(Z_{2}(z_{0})\right)Z_{2}^{'}(z_{0}) } \nonumber \\
&= \arg \frac{Z_{1}^{'}(z_{0})}{Z_{2}^{'}(z_{0})}
\end{align}
となります. これにより
\begin{align}
\arg \frac{W_{1}^{'}(w_{0})}{W_{2}^{'}(w_{0})}=\arg \frac{Z_{1}^{'}(z_{0})}{Z_{2}^{'}(z_{0})} \nonumber
\end{align}
すなわち, 平面上の2曲線のでのなす角と, 平面上の2曲線のでのなす角が等しいことがわかるのです.
具体的に等角性を確かめてみましょう!最も簡単な正則関数を例にとります.
は複素数全体で正則な関数です. CR関係式を用いて正則性を検証するのはここでは省略します.
とすると,
\begin{align}
f(z) &= (x+iy)^{2} \nonumber \\
&= x^{2}-y^{2}+2ixy \nonumber \\
[ &= u(x,y)+iv(x,y)] \nonumber
\end{align}
当然
\begin{align}
u(x,y) = x^{2}-y^{2} ,\quad v(x,y) = 2xy \nonumber
\end{align}
です.
さて, 平面上の2直線
\begin{align}
C_{1}:x &= a\quad (a\neq0)\nonumber \\
C_{2}:y &= b\quad(b\neq0)\nonumber
\end{align}
がによってどのように平面上に移されるのか考えましょう. 直線をに代入すると,
\begin{align}
u(x,y)&=a^{2}-y^{2} \nonumber \\
v(x,y) &= 2ay \nonumber
\end{align}
となります. よって, は平面上で
\begin{align}
\Gamma_{1}:u = -\frac{1}{4a^{2}}v^{2}+a^{2} \nonumber
\end{align}
を満たすで与えられます. 次にを代入すると,
\begin{align}
u(x,y)&=x^{2}-b^{2} \nonumber \\
v(x,y) &= 2by \nonumber
\end{align}
となります. よって, は平面上で
\begin{align}
\Gamma_{2}:u = \frac{1}{4b^{2}}v^{2}+b^{2} \nonumber
\end{align}
を満たすで与えられます. はどちらも平面(ここでは軸方面にを, 軸方面にをとった平面)上のグラフを表しています.
平面上で2直線は点で交わり, その点でのなす角は当然, となります. 平面上でのの交点のなす角もとなっていれば等角性もっていることがわかるでしょう.
まず, の交点を求めましょう. 式より,
\begin{align}
-\frac{1}{4a^{2}}v^{2}+a^{2}&=\frac{1}{4b^{2}}v^{2}+b^{2} \nonumber\\
\frac{v^{2}}{4}\left(\frac{1}{a^2
}+\frac{1}{b^{2}} \right) &= a^{2}+b^{2} \nonumber \\
v^{2}\left(\frac{a^{2}+b^{2}}{a^{2}b^{2}} \right) &=4(a^{2}+b^{2} )\nonumber \\
v^{2} &= 4a^{2}b^{2} \nonumber \\
\therefore \quad v &= \pm 2ab \nonumber
\end{align}
この結果をの式[当然の式でもよい]に代入すると,
\begin{align}
u &= -\frac{4a^{2}b^{2}}{4a^{2}}+a^{2} \nonumber \\
\therefore \quad u &= a^{2}-b^{2} \nonumber
\end{align}
よって, は2点で交わることがわかりました.
ではこの2点でのなす角を調べましょう. まず点から.
の式をについて微分して, を代入します.
\begin{align}
u' &= -\frac{1}{2a^{2}}v \nonumber \\
&= -\frac{2ab}{2a^{2}} = -\frac{b}{a} \nonumber
\end{align}
これが, 点でのの接線の傾きです. に対しても同様の計算を行うと,
\begin{align}
u' &= \frac{1}{2b^{2}}v \nonumber \\
&= \frac{2ab}{2a^{2}} = \frac{a}{b} \nonumber
\end{align}
となります. これが, 点でのの接線の傾きです.
2本の接線の傾きを掛け合わせると
\begin{align}
-\frac{b}{a}\cdot\frac{a}{b} = -1 \nonumber
\end{align}
となるため, この2本の接線は点で直交していることがわかりました. 等角性です!すごいですねぇ.
さて, 同様のことを点に対しても行うと, まずの接線の傾きは,
\begin{align}
u' &= -\frac{1}{2a^{2}}v \nonumber \\
&= \frac{2ab}{2a^{2}} =\frac{b}{a} \nonumber
\end{align}
そしての接線の傾きは
\begin{align}
u' &= \frac{1}{2b^{2}}v \nonumber \\
&= \frac{-2ab}{2a^{2}} = -\frac{a}{b} \nonumber
\end{align}
この場合も2つの傾きをかけあわせたら-1になりますね. これが等角性です. 理解していただけましたか?
孤立特異点
複素平面上の領域全体で正則な関数, つまり全ての点で微分可能な関数を正則関数といいましたが, 領域の中にいくつか微分不可能な点が含まれてしまう場合があります. そのような点(であらわすことが多い)を特異点, あるいは孤立特異点と呼びます. この特異点に関する議論も複素解析論では重要です. 特異点に関する性質などは, 複素積分あるいは複素関数の関数的性質を説明してから話そうと思います. 孤立特異点は3つに分類できるんだよ, とかいう話をいつかします.